Desire*desirE #6 預かり生活LAST DAY

 耳を食まれるような感触で、私は目を覚ました。
「なんだ……やめてくれ……」
「お前、相変わらずここ弱いんだな」
 懐かしい声。
 目を開けると、流れるような金の髪。
 私の、元恋人だった。
「生きて……たのか……」
 何年探してもいなかった彼が、困ったような微笑みを浮かべてベッドのヘリに座っていた。
 私は勢いよく、彼に抱きついた。それはしがみついた、といっても良かった。とにかく離したくなかった。離したらまた、彼がいなくなってしまう気がした。
 涙が頬をつたう。それがなんの感情なのかは正直わからない。
「私を置いてどこに行ってたんだ!」
 泣きながら訴える。彼は頭を撫でることで答えとした。
「生きてたなら連絡くらいしろ!」
 彼からの、言葉での返事はなかった。
「聞いてるのか!」
 私の問いに、彼は一言「聞いてる」といい、私を抱きしめ返してくれた。
「そっか。メカニックになれたんだな。おめでとう」
「メカニックになれたのなんか、ずっと前の話だ」
「がんばったな」
「お前に笑われたくなかったから」
 そうだな。彼はそう言って、私の額に口づける。それは祝福のようだった。
「元気か」
「ああ。一人の生活にも慣れたよ。同棲の時に揃えた家具があるから、家事にも困ることはない」
「寂しくないか」
「寂しいとも。でも、みんながいるし、これからはお前もいてくれるのだろう?」
 そうか。
 短い相槌のあと、
「それだけ判ったのなら、俺はもう満足だよ」
 カシャリと音をさせ、彼が立ち上がった。ルーンナイトの彼は、確かにあまり鎧を取らなかったが、それでもベッドルームで鎧を着ているのはいささかおかしい。私は急いでもう一度彼にすがろうとした。
「来るな」
 彼は短く言い私を制止する。
「お前にはもう、あの子がいるだろ」
 その時初めて私は、恋人の少年マジシャンの存在を思い出した。
 思わず動きを止める私に、ルーンナイトの青年は寂しそうに言う。
「連れて行きたいのも山々なんだけどな。そんなことしたら、あんまりよくない存在になっちまう。俺はあの食いしん坊アークビショップにジュデックス打たれるのはゴメンなんでね、遠慮しとくわ」
 声を上げて、いたずらっ子のように笑う彼は、やはり愛しいままだった。
「愛してたよ、ルアム。じゃあな!」
 彼がベッドルームのドアを開けず、そのまますり抜けていくのを見て……
 私は彼の名を叫んで目を覚ました。


「ルアムー。おーい」
 目の前で手を振られ、私はようやく、我に帰ることができた。
 向かい側に座るアルトは、真っ黒に焦げた燻製肉を咀嚼しながら、心配そうに私を見つめている。
「なんか、変だね」
「ん、悪い」
 私は謝罪して、ため息をついた。
 なぜ今更になって、あんな夢を。
「このお肉も真っ黒に焦がすし」
 やっと吹っ切れてきたのに。
「お米も芯が残ってる」
 だいたい、あいつに言われるまで、アルトのことを忘れていただなんて。
「お皿も二枚割ってるし、どうにも本調子じゃなさそう」
 アルトに申し訳が立たない。
「……ねえ、聞いてる?」
「ん、ああ……。ご飯、おいしくないな。確かに」
 私の言葉に、アルトが頬を膨らませた。
「ご飯が美味しくないなんて言ってないよ。キミの様子がおかしいよ、て言ってるの」
 そう言われて、私は返答に困り、口をつぐんだ。
 言うべきなのだろうか。それが判らない。
 いずれは、私に恋人がいたことは知らせようと思っていた。だが、この段階で?
 私はそのまま思案を続ける。
 しかしそれは、目の前の少年によって破られた。
「なにか、オレに話しづらいこと?」
 鋭いな、この子は。
 私は答えたくなくて、視線を彼から外す。しかし、彼はそれが気に食わなかったようだ。立ち上がって手を伸ばし、私の顔を固定する。
「あの、なんか叫んでたやつ?」
「……起きてたのか」
 私の言葉に、アルトはうん、と答える。
「すごい悲痛な声だったから、起きた」
「……そうか」
 聞きたいな。彼はポツリと呟いた。
「あんなに悲しそうな声出されたら、さすがに気になるよ」
 いずれは話したい。大切なことだ。
 だが、今日母親たちが迎えに来るとは言え、まだ数時間は一緒にいなければいけない。彼に負担をかけるのは避けたかった。
「今はまだ……」
 私がそこまでで言葉を濁すと、アルトは無垢な顔で訊く。
「『言いたくない』? それとも『聞かせたくない』?」
 その問いに、私はハッとした。
「言いたくないなら、それはルアムの都合だから、言わなくていい。でも、聞かせたくないのは、単なるルアムのわがままだよ。『オレの負担になるから聞かせたくない』とかはいらない」
 アルトの顔を見つめる。琥珀色の瞳は透き通っていて、人を疑うことすら知らないのだろう。
 だが、思った以上に、彼は大人だ。きっと、受け入れてくれる。
 そう思った私は、話すことにした。
 恋人であったルーンナイトのことや、今に至る全てを。


 彼と出会ったのは、私がマーチャントの資格を取ったばかりの頃だ。彼はルーンナイトで、仕事のためにプロンテラに来ていて。私の露店でいろいろ買ってくれたのがきっかけだ。
『そっか、ルアムもマーチャントの時代があったんだ。当たり前だけど』
 そうだぞ。マーチャント時代が結構長かった。
 そんな私が危なっかしく見えたのかもしれないな。色々と世話を焼いてくれたんだ。そんな彼にどうしようもなく惹かれた。彼も私のことを好きだと言ってくれた。嬉しかったよ。こんな一介の商人に、あんなに凛々しい剣士が、なんてね。
『凛々しい剣士さんかあ。会ってみたいな』
 程なくして、私たちは同棲を始めた。その頃、私はブラックスミスで、目指すメカニックには程遠かった。
『同棲……かあ』
 私たちは同棲する際、いくつかルールを作った。
 その一。家事は全て彼がやる。
 その二。彼の戦利品を、私が販売する。
 その三。生活費は全て私が管理する。
 その四。彼の武器は私が製造する。
『結構ルール多いなあ』
 でも、うまくやっていたぞ。
 彼は料理が好きでね。いろいろな料理を私に振る舞ってくれた。レシピも教えてくれたんだが、その時私は文盲でね。字が読めなかったので全部口伝で、残念ながら忘れてしまったものも多い。お前にも食べさせたかったけどね。『それは残念』
 ある日のこと。戦利品が売れて家に帰ってきたら、彼が料理を作って待っていてくれてね。すごかった。フルコースだったんだよ。
『本当に料理好きなんだねー』
 食後のデザートに、ケーキを作ってくれていた。飾りが綺麗で、食べるのがもったいないくらい。
 綺麗なはずだよ。ダイヤの指輪使ってるんだからな。
『えっ、それって……?』
 そう。私以上に不器用な彼の、精一杯のプロポーズだ。時期が時期だったら、レンタルのカメラがあったから写真を残しただろうに、何も残せてないのが本当に残念でならない。
 私は一も二もなくそのプロポーズを受けた。彼のことが好きだった。彼の全てが。だから、ためらうことはなかった。
 式の日取りも決めて、あとこれだけ資金が必要だ、ということになってね。彼はその資金を稼ぐためにあちこち回っていた。
 その途中だ。彼が消息を経った。
『え……?』
 噂によれば、次元に介入できるシステムがあるらしい。彼の最後の居場所はそこだったようだ。
 確かにそこは、金を稼ぐのに効率がいいと聞く。だが、そんな危険なことをしなくても、別によかったんだ。
『……』
 私は、彼と一緒にいたかった。彼と一緒にいれるのなら、別に結婚なんてしなくてもよかった。
 でも、こうも考えた。
 私がブラックスミスで、ろくに稼げもしないから。私の分まで稼ごうと彼は躍起になって、そして死んだ。彼は私が殺したんだ。そして、結婚しようがしまいが、遅かれ早かれ私は彼を殺していたんだろうと。
 私は、死に場所を探して各地を彷徨った。
 そんな中、マラン島に着いた時、浅瀬に沈んでいるものが見えた。なんとはなしにすくいあげてみたんだ。もうなにもいらなかったのにな。
 奇跡っていうものは多分にあるのだと思う。それは彼が髪につけていたクリップだった。彼は髪が長かったから、それでまとめあげていたんだ。
 彼が私に生きてほしいと願ってくれたのだと思った。私も、生きていたいと思った。彼は、遺品はこれしか遺してくれなかった。彼に愛された私がいなくなったら、彼が生きていた事実を誰も語り継がなくなる。
 私は、二週間後にメカニックになった。
 そして、誰も愛すまいと心に決めた。
『でも』
 話は少し変わるが。
 五年経って、友人が結婚をした。
 私は仕事があったし、彼女のウェディングドレス姿を見たくなくて、立ち会うことはしなかった。今では後悔しているが。
 彼女たちが結婚式をしたのはフィゲル。覚えはないか?
『……ママ?』
 そうだ。彼女たちはそこで倒れていたマジシャンを養子にした。
 初めて会ったときに、かわいらしい子だと思った。ただそれだけだった。
 でも、その子の笑顔は、行動は、愛らしさは、痛いくらいに心に刺さるのに、なぜか癒されていく感じがした。その子は、事情は判らないが私を慕ってくれて、やがて私のところへ一人で来るようになった。
 正直、困惑したよ。その子の来訪を待ちわびる自分にもそうだが、その子の意図がさっぱり掴めなかったからな。
 私はそのとき既に、その子に惹かれていた。と同時に、自分を押さえつけようと思った。あのルーンナイトに不義理をした気がしたし、その子とも歳が離れていたからな。傷つくくらいなら、初めから行動なんか起こさなければいい。
 しかし、知ってしまったんだ。その子は私のことが好きなんだと。
 だが私は、彼を拒絶しようと考えた。彼は恋というものに浮かれて周りが見えてないだけで、そしてなにより、その子には記憶がなく、記憶を取り戻してなお私のことを好いてくれるとは限らないと思っていたから、それだったら今まで通り、誰も愛さないままでいいと思ったんだ。
 だから、酷いことを言った。あれは本当に酷かったな。すまない。
『えっ、あっ、だ、大丈夫……』
 でも、彼を帰した後、とてつもなく後悔している自分に気がついた。
 そこで、友人のアークビショップに相談したんだ。
 あとはまあ、お前も知る通りだよ。


「……でも、それがなんであんな悲痛な声になったの?」
「夢を見たんだ。最近は見なかったのに」
 コーヒーを飲みながらため息をつくと、少年マジシャンは首をかしいだ。
「悪夢だったの?」
「悪夢だったとも。あいつに言われるまで、お前のことを忘れていた」
 それは。アルトが問いかける。
「『オレに申し訳ない』の?」
「……そうだ」
 私が答えると、アルトは頬を膨らませて、私の額を指で弾いた。
「それは違うなあ!」
「違う……?」
 ヒリヒリ痛む額をおさえて訊く私に、相変わらずの顔で、アルトは違う、と答える。
「そこはオレじゃなくて、自分のことがどーたら、で考えたほうがいいと思う!」
 彼は訊く。
「ルアムは、夢の中で彼に会えてどうだった?」
「……嬉しかったよ。行ってしまったのが寂しいくらい」
「行ってしまったとき、連れてってほしいとか、思った?」
「……思った。二度と、置いていかないで欲しかった」
 よろしい!
 アルトは腕を組んで、ふんす!と息を吐いた。
「それがルアムの本当の気持ち。オレがどうとかは、あとづけ」
 だいたいさあ。
「死別した恋人に会えたら、それは嬉しいことじゃないか。それ以上は考えなくていいのに」
「しかし……」
 私が言おうとすると、アルトは「あーまた口答えしようとするー!」と言って、腰に手を当てた。
「夢だし。現実では思い出せることが思い出せなくて当然! オレ、思い通りに夢見れたことなんかないよ!」
 大丈夫だよ。
 アルトは怒ったような顔を崩す。
「もし現実でそんなことが起こったら、きっとキミはオレのことを思い出してくれるから。現実じゃなかったんだし、オレはそれを聞いても気にしなかったんだから、ルアムが気にするのはそれは反則。だからもう、おしまい」
 ね?
 そう言って笑うアルトに、しかし私はまだ申し訳なさを感じていた。そして、なぜだか嫉妬心も。
「……お前は」
 私は、少しずつ心の整理をしながら、言葉を紡ぎ出す。
「嫉妬、するんじゃなかったのか」
「ん?」
 アルトは不思議そうに返す。
「……結局、お前は天使みたいに無邪気で」
 ああ、やっと判った。
「こんな夢を見た私を責めもしなかった」
 嫉妬、して欲しかったのだ。
「かのルーンナイトのことしか、頭になかった私を」
 この天使に、私は、
「叱って、くれなかった」
 汚いところも見せてくれと、そう思っていたんだ。
「嫉妬、していいの?」
 アルトが静かに訊いた。
 その、温度のない声に当てられて、私は彼を見る。
「天使みたい? バカなこと言わないでよ」
 琥珀色の瞳は、ギラギラとした光を放っていた。
「オレが天使なんかな訳、ないじゃない」
 アルトが立ち上がり、こちらに来て私のおとがいに触れる。小さな手が、少し震えていた。
「オレはそんなキレイな存在じゃないし、普通以上に嫉妬する」
 大きな目から、涙が落ちた。それを拭うこともせず、彼は私の顎に触れたまま、私を睨みつける。
 そしてそのまま、唇を塞がれた。
 困惑していると……
 コンコン。
 外に通じるドアが叩かれる。
 数回ノックは繰り返されたが、それに構いもせず、アルトは私の口内に舌を入れてくる。
『あー。なぁミスティル。やっぱいないかもー?』
『まだ早かったかー。カフェでも行ってようかね』
 気配はその言葉を最後になくなった。
 アルトはそれを確認して、ようやく私の唇を解放し、満足げに舌舐めずりをする。
「ママたちに会いに行く? オレに襲われたって言いに」
 目を細めて笑う少年は、恐ろしいくらいに美しかった。
「でも、ママはきっとルアムのことを叱ると思うよ。それは判ってるよね?」
 そう言いながら、彼は私のボトムを少しずらした。そして、立ち上がっていた芯を、なんの躊躇もせずに口に含む。
「ん、ふ……」
 彼の口には持て余し気味なのだろう。吐息が漏れる。小さい舌が這う感覚が酷く心地よく、私はすぐに彼の口の中で精を吐いた。
「んんっ!」
 全て口で受け止めて、彼は私を見た。頬を染め、口の中で音を立ててそれを味わい、飲み込んで、私に口の中を見せる。
「あ、は。この味、結構好きかも」
「アルト……」
「もう一回しちゃおうかなー」
「もうやめよう」
 私の言葉に、心外だ、とばかりの顔を向けるアルト。
「なんで? 気持ちよくなかった?」
 私はアルトの手を取る。
 細かく震えている手を。
「こんなに震えているのに、これ以上続ける気なのか」
 私が言うと、アルトは視線をずらした。
「嫉妬……してるよ」
 アルトがポツリと言う。
「でも、それはしてもしょうがないって思ってたんだ。相手はもうこの世にいない人だし。過去はいい思い出になっちゃうんだってママが言ってた」
 でもね。
「どうしようもない黒い気持ちもあったの。彼を忘れさせることができたなら、ルアムは全部オレのものになってくれるかなって。彼が形成したものもあるからキミなのにね」
 彼は俯いて、我慢しようとしてたの、と呟いた。
「でも、ルアムの『天使みたい』っていう言葉を聞いたら……我慢できなかった、無理だった」
 しゃくり上げる声が聞こえる。その頭を撫でようとしたが、その手は空中で止まった。
「オレ、そんなにキレイじゃないよ。えげつないことめちゃくちゃ考えてたよ。どうしたらオレの方振り向いてくれるかな、どうやったらオレだけのキミになるかな、もういっそ、ママたちの前で見せつけちゃえば、そうしたらキミも彼のこと諦めてくれるかな。ずっとずっと渦巻いて」
 なんて醜いんだろう。彼は言う。
「キミはオレのこと、天使みたいって思ってくれてたのに。オレはそんなんじゃなくて。ただただわがままで醜いだけなんだ。その幻想を壊しても、キミは好きでいてくれるかな。もういいや、嫌いって言われても、最後にキミにオレを刻んで、それでバイバイしてやろう。もう、そんな思いでぐちゃぐちゃで」
 怖かったよね、ごめんなさい。彼は泣き続けた。
 私はようやく気づいた。彼をここまで追い込んだのは他ならぬ私だ。
 床に座って泣き続ける彼と目線を合わせてから、そっと抱き寄せる。
「……アルト。悪かった」
 身動ぎして抵抗する彼を離すまいと、腕に力を込めて語りかけ続ける。
「私は勝手に、お前のことをキレイなものだと決めつけて……挙句、嫉妬してくれない、と拗ねたんだ。お前が私を慮って、我慢してくれたことにも気づかず。私はなんて愚かなんだろうね」
 抵抗がやんだ。触れたかった髪に、そっと手を伸ばす。
「本当にすまない。謝って、許してもらえるとも思ってはいないが……」
「……少し、わがまま言っていい?」
 ふわふわとした髪を撫でながら、私は短く返事をする。それを聞いて、アルトは私の胸に顔を埋めた。
「オレのこと、天使だなんて思うのやめて」
「もう、金輪際言わないよ。思うのだけは許してくれ。やっぱりお前は、天使みたいにかわいらしい」
「ママたちに話して。オレとそういう関係だって」
「判った。受け入れられるかは判らんが、きちんと言おう」
 アルトの腕が、私の背中に回った。ぎゅ、と力を込めて、彼は私に精一杯しがみつく。
「好き」
 一言、彼が呟いた。
「大好き」
 もう一度、彼が言う。
 私もそれに答えた。
「愛しているよ、アルト」
 それから、どちらともなくキスをして。
 そのまま、床で契りを交わした。


「本当、三日間もありがとねー!」
「新婚旅行楽しかったー!」
 カップルは、真ん中に座らせたアルトを撫でながら交互に礼を言う。
 どうでもいいが、このリビングそんなに広くないのに、メカニックが三人もいてカートだらけだ。若干狭い。私のカートは違うところに置いておけばよかった。
 と言うか、新婚旅行の荷物をカートに乗せてったのかこのカップルは。なかなかの無精者同士でなんだか笑えてくる。
「アルトはいい子にしてた?」
 ミスティルの問いに、
「ルアムの料理、結構おいしい!」
 無難に答えるアルト。
 うーん。これはどう切り出したらいいだろう。
 私が思案していると、ミスティルがニヤニヤしながら私に言ってきた。
「キミたちも甘いひととき過ごせた? まさか喧嘩ばっかじゃないよね?」
「!」
 顔が熱い。絶対に赤くなっている。マズい。流石にマズい。
 まさか知ってるわけじゃ……ないよな?
「あれ。ミスティル。言われるまで黙っとこうって話だったじゃん」
「えー? だって、こっちもこっちでお膳立てしてあげたんだからさ、どれくらい進展あったのか聞きたくない? ボクは聞きたいなあ!」
「あ、でも、俺も興味ありますねえ!」
 彼女たちは顔を見合わせて、二人して私に詰め寄る。
「あ、えっと……」
 女の子というのは得てして恋愛話は好きなのだ。
 判ってはいるが……
「一緒のベッドで寝たんだろ? こんなかわいい子隣に寝かせといて、なにもなかったってーのはないよね?」
「チューくらいはできたか? お前、性欲なさそうだからそれができたら一人前としてやる!」
 言えるか!!!!
 思わずアルトの方を見る。
 二人の母親の視線は、アルトに集中した。
 それを見て、彼は頬を染めて一言。
「ママたち、うさぎさんって性欲強いの知ってた?」
 二人の母親は一斉に私を見た。
「うっわ……。言われるほど、ってことかー……」
「流石の俺もこれにはドン引き」
 さっきもしたとは言えない……。いや、言うつもりもないが。
 私は咳払いをして、少しだけ話題をそらす。
「いつから知っていたんだ」
「えーとね」
 ミスティルは出したジュースを飲みながらふふふんと笑う。
「キミから泊まらせる、てメール来た日あるじゃない。っていうか、それで合ってるよね?」
「なにがだ?」
「あれ、そんなことうちの人の前で言っていいの?」
「!」
 私が固まると、ミスティルはうんうん、賢明だねえと頷いた。
 しかし、気づかれたらしく、もう一人のアルトのママは頭を抱える。
「えっ……。つまりアルトはそんときもう『大人』ってこと……? 俺それ気づかなかった……。すげえショック……」
 それはともかくとしてさ。
 ミスティルが指輪をいじりながら語りかける。
「アルトのことはもちろんだけど、キミのことも信用してるし。悪くはしないだろうってね」
 ただ!
 彼女は視線を鋭くさせる。
「アルトのこと不幸にしたら渾身のアックスブーメラン喰らわすからな。ボクたちの、眼に入れても痛くない愛息子だから。それを忘れないで」
 さて、帰ろうか。
 カップルは荷物をまとめ、玄関で身支度を整える。
 最後に出て行こうとしたアルトが、背伸びをして私に耳打ちをし、去っていった。
『次に来るときは、ケンカよりもえっちいっぱいしたいな』
 パタン。

「お前のほうが『うさぎさん』だろう……」
 私は一人になったこの部屋で、ポツリと呟いた。