Desire*desirE #4 預かり生活DAY1

「なんだ。まだ新婚旅行をしていなかったのか」
 私が呆れると、友人がへへへ、と照れながら笑う。
「アルトを養子に迎えたのって、式終わったその足だったし」
 友人の隣にいる、彼女の養子のマジシャンは、茶菓子をもむもむと食べながら義理の母を見上げた。
「お前らしいと言えば、まあ……」
 このメカニックなら、困っている子どもを見たら反射的にそういうことをしかねない。思った私は、彼女が彼女らしい選択をしてくれたことが誇らしくて、少し笑った。
「でさ、生活も落ち着いてきたし、うちの人がジャワイに行かないかって」
「アルトはどうするんだ。連れてくのか?」
「そこで、キミに頼みたくて……」
 なるほど、今日呼ばれた理由はそれか。私は出されたお茶を飲みながら思う。
 カップを離し、向かいに座っているアルトを見ると、彼は茶菓子を頬張るのをやめてにこりと笑った。かわいらしい笑顔に、私の頬が緩んだのが判った。気づかなかったが、どうやら私は、すごく単純だったようだ。
「アルトはキミにすごく懐いてるしさ。キミだったら安心だし」
「あー……」
 私はそれ以上言えず、自分の、うさぎのような耳をいじる。
 懐いてるんじゃないんだ、この子は。もう手を出してしまったし、そういう仲なだけだ。言えるわけもないが。
「アルトとキミさえ良ければ、二泊くらいで新婚旅行してきたいなって思うのだけど、どう?」
「オレはいいよ」
 アルトが私を見ながら、母のミスティルに言う。
「ルアムは? オレを預かるのいや?」
「いや、その。嫌なわけでは……」
 私が言うと、ミスティルはにっこりと笑う。
「じゃー決まりー! さーて、うちの人と日程相談しよーっと」
 彼女が鼻歌を歌いながら部屋を出て行ったのを確認すると、私は向かいに座っているアルトに小声で話しかけた。
「おいっ……。三日も私のところにいるつもりなのか?」
「うん。ダメ?」
 私はため息をついた。この子は自分がおいしそうな羊だと言う自覚があるんだろうか。
「……理性が持つ自信などないぞ」
「ん? なんか言った?」
「……なんでもない」
 私はもう一度ため息をついて、茶菓子を口に放り込んだ。


「と、言うわけで、今日から三日間! アルトのことよろしくー!」
「アルトに弟でも作ってやるかー!」
「そうだね、もう一人くらい欲しいかもー!」
 とある日の朝。
 プロンテラの私の部屋にアルトを預けにきたカップルは、そのままイズルード経由でジャワイに旅立って行った。
「……同性カップルでどう作ると言うんだ」
 私の呆れ声を聞いたのだろう。アルトが私の袖を掴む。
 少年を見ると、少し頬を染めて恥ずかしそうに笑った。
「オレたちもママたちに孫でも見せる?」
 だから、同性カップルでどう作ると言うんだ。
 あとそれ、誘ってるのか? 乗らないぞ。
 私はそのままアルトを家の中に連れ、鍵をかけた。
「飯作るか。生みたてのペコペコの卵があるから、目玉焼きなんてどうだ?」
「いいね!」
 彼の賛同を得て、私はペコペコの卵を二つ、フライパンに割り入れた。火をくべて、焦がさないように焼く。
「買っておいたパンがある。出してくれないか?」
「はあい」
 アルトの返事を聞きながら、私は一回目の目玉焼きを皿に盛りつけた。こちらは私の分としよう。
 もう一回、卵をフライパンに割り入れる。フライパンは温まっているから、こっちの方がおいしく早く焼けるだろう。私が気をつけていれば、の話だが。
「カトラリーも出しておくね」
「ああ」
 目玉焼きは二回目もうまく焼けた。同じように皿に盛りつけて、二つの皿をテーブルに出す。私はスパイス置き場からソルトミルを取り出すと、それもテーブルに置いて席についた。
 既に席についているアルトに声をかけ、食事の挨拶をすると、私は彼に塩を勧めた。
「デワタで採れた塩だ。目玉焼きにかけて食べると旨いぞ」
「デワタ! 行ったことない!」
 アルトは嬉しそうに塩を砕いて目玉焼きにかじりついた。その途端、目を輝かせて、その小さな手で頬を包む。
「おいしー!」
「それはよかった」
 しかし、いかにも子どもの食べ方だ。口の端に黄身がついている。この子、やっぱりステータスカードの年齢はバグなのではないだろうか。
「アルト。口、黄身がついてる」
 私が指摘すると、アルトはんー、と声を上げて、顔を私に近づけた。取ってくれ、と言うことなのだろう。私は中指でそれを拭い、つい癖でそれを口に含んだ。
 アルトがその様子をぽかんとして見ていることに気づかなければ、多分その行儀の悪さにも気づかなかった。思わず顔が熱くなる。
「すまない。育ちの悪さが出たな」
 ところが、アルトは嬉しそうに笑って、私が触れた方の口の端を舐める。そして、うっすらと目を細めて私を見た。
「えっち」
 幼い姿には似つかわしくない色気に目を逸らしながら、私は言い訳をする。
「そ、そういうつもりはないっ」
 えー。
 少年の姿をしたマジシャンは、残念そうに言う。
「そーゆー関係なんだから、えっちなことしていいのに」
「TPOがあるだろう」
「ま、それもそうかあ」
 彼は納得して笑いながら、再び目玉焼きを食べ始めた。
 私も朝食を食べるのを再開したが、さっきの、目を細めてこちらを見るアルトがちらついて、なんだか味が判らなかった。


 食事を終えた私とアルトは、ソファーに座ってそれぞれの時間を過ごしていた。
 ふと気になった私は、アルトを横目で見ると、難しそうな魔導書を読んでいる。それは私には到底理解できそうになく、この子は素質があるんだろうと思わせるものだった。
「魔導書か」
「ん、初級本だけど」
「そんな難しいので初級なのか。私には到底理解できん」
「だってオレ、マジシャンだもん。ウィザードのなんかもっと難しいよ」
 彼はそう言うと本を閉じ、あきたーと言って、隣にいる私の膝に頭を擦りつけた。小動物のような振る舞いがかわいくて、その柔らかな紫色の髪を撫でる。
「商人って、なんかこー、手引書みたいなのないの?」
 私に撫でられるがままにしているアルトが訊いてくる。
「あるにはある。ただ、契約上、他人には見せられないんだ」
 私の答えに、アルトはただ息を漏らして反応した。それよりも撫でられるほうを優先したのか、彼はそのまま、私の膝を枕にしてころんと横になる。
「魔導ギアライセンス取るための技術書とかも?」
「私は魔導ギアライセンスを取ってないんだよ。だからそもそも持ってない」
 その答えに満足したのか、はたまた撫でられるのが飽きたのか。彼は私の手を両手で掴んで動きを止めた。
 手を引っ込めようと思ったが、アルトはその手をまじまじと見つめ、ふーん、と息を吐く。
「意外と手が大きいや」
「鍛治職人でもあるからな。武器も斧だし」
「結構ゴツゴツしてるし」
「そりゃお前、私は男だから」
 柔らかい、子ども特有の指は、私の手を興味深そうに触る。くすぐったいやら恥ずかしいやらで、早く手を引っ込めたいのだが、アルトはこの行為が心底面白いらしい。キラキラした瞳で私の手を見つめ、指の長さや爪の形まで色々と確かめてきた。
「男、かあ」
 アルトが呟く。
「オレも年相応の姿なら、こんな手だったのかな。オレも男だからね」
「お前は私より筋力を必要としないだろうし、もうちょっと線が細い気がするよ。顔を見ていても、中性的だと思うし」
 うーん。アルトが気難しそうな顔をして言う。
「もし、年相応に成長できたら、ルアムにサヨナラされちゃうかと思うと、このままでもいいかってなるけど、大きくはなりたいかなあ……」
 その言葉に、私は息を吐いた。やはりこの子は、成長できたら、私なんかとは一緒にいてくれないのだ。そう思うだけで胸がつまる思いがした。
「成長したら……お前は一緒にいてくれないのか」
 アルトが逆!と言う。
「ルアムは小さい子が好きなんでしょ? ショタコンさん、だよね? そしたら、オレ、恋愛対象外じゃん」
「は?」
 私はよほどおかしな顔をしたのだろう。アルトは訳がわからないという表情で私を見つめる。
「え?」
 訳がわからないのはこっちだ。
「まさか……私のことを小児性愛者だと思っていたのか?」
 恐る恐る訊くと、彼は小さな声で肯定を表した。
 そんなふうに思われていたのか。心外だ。
「因果が逆だな」
「因果が逆?」
「お前を好きになってしまったから見た目が小さい子も対象に入っただけで、そもそも私の恋愛対象は同い年くらいだ」
「あっそうなんだ! ごめん!」
 勝手に先走って決めつけるところなんか、この子は本当にミスティルに似ている。もしかしてやっぱり親子なのではないだろうか。
 私が呆れていると、しかしこの少年は嬉しそうに顔を崩した。
「だらしない顔してるな」
「えへへへへ。だってー」
 ルアムの性癖歪ませられるくらい、見てもらえてる。
 アルトはそう言って、小さな手で自分の顔を隠して足をジタバタさせた。
 なんだこのかわいい生き物は。
 私はそう思いつつ、テーブルに置いたお茶に口をつけた。


 必要なものを買うために街に出ることにした私たちは、カフェでランチを済ませてひと心地ついた。たまには、こんな贅沢も悪くはない。
「あと、買うものなあに?」
 ジュースを飲みながら、アルトが私に訊く。私はカートの中身を確かめつつ、メモと見比べる。
「ん。鉄を買っていなかったか」
「さっき、お店出してた人がいたねえ」
 よく見ている。この子は実は商人向けなのではないだろうか。
「どこだったか」
「こっちから見て噴水の下あたり。鉄売ります、て看板出してたよ」
 こっち。
 少年は私の手を取り、案内を始める。
「ほら、あそこ」
 柔らかい手の感触は不意に終わってしまった。少し残念に感じつつ、私は商人に声をかけた。
「鉄を頂きたいのだが、在庫はあるだろうか」
「ええ、まだ在庫ありますよ」
 交渉成立。いくばくかのお金を払い、私の手元に鉄が来た。
 アルトはそれを見て、両手を広げる。
「持つよ」
「カートに入れるからいい」
 すると、この少年マジシャンは頬を膨らませた。
「オレ、なにも持ってない」
「じゃあ、私と手を繋ごう。私も片手が空いている」
 私はそう言ったが、恥ずかしさから、アルトの手を少し乱暴にとった。しかしこの少年は、怒るどころか顔を崩して笑う。
「ルアムの手はあったかいなあ」
「ん、そうか」
 彼に歩幅を合わせ、ゆっくりめに歩く。
「眠くなってくる」
「じゃあ、帰ったら昼寝でもすればいい」
 子ども扱いされたと思ったのだろう。アルトはむっとした表情で言う。
「もう! オレ、17歳だからね! お昼寝なんかしない!」
「私はよくするぞ。昼寝。こんないい陽気の日は眠くなってくるしな」
 え、あ、そうなんだ……。申し訳なさそうに言いながら、アルトは少し考え、そしてこう呟いた。
「……お昼寝しようかな」
「ああ。そうするといい」
 私たちは仲が良さそうな影法師を連れ、家のほうにゆっくりと歩いて行った。


 帰ってアルトにベッドを貸し、鋳造部屋にこもっていると、
「あの……」
 ドアの外から、アルトの声が聞こえた。
 私が鉄を叩く音で起きたようだ。
「ちょっと待ってろ」
 道具を片付けて、鋳造部屋のドアを開ける。
 そこには、なんだか申し訳なさそうな少年が薄着で立っていた。
「どうした」
「お洗濯……させて……」
「ん? なにか汚したか」
 私が言うと、アルトは耳まで真っ赤にして俯き、消えそうな声で言った。
「下着……汚しちゃった……」
「判った。洗ってやるから、脱ぎなさい。ほら」
 私が彼の下着を下げると、下着からとろりと白濁の糸が引く。なにで汚したのかくらいは判ってはいたが、やはり目にすると少しどきりとさせられて、私は思わず喉を鳴らした。
「……気持ち悪いだろう。シャワーを浴びてくるといい」
 私は何事もなかったように振る舞い、アルトにシャワーを勧めた。彼がシャワールームに消えたあと、洗濯タライに水を貯めて、彼の汚した下着を洗い始める。ぬるぬるとした白濁が落ちるまで無心で布を擦っていたが、洗い終わったあと、どっと疲れた自分に気がついて、そのままソファーに身を投げた。
 ソファーに身を沈め雑念を払っていると、バスタオルだけを身にまとった少年が、濡れた髪からしずくを垂らして隣にくる。
「シャワー、ありがと。気持ちよかった」
 彼はそう言いながら、ソファーに座る。
「……毛布」
 そう呟いたアルトは、また耳まで赤く染めている。
「なんだ、毛布も汚したか」
「よ、汚してないっ。そうじゃなくて……」
 ルアムの匂いがするなって、思って。
 彼はそう言って、顔を背けた。
「気がついたら、あんなことになってた」
 あの毛布は、オレ、使えないかも。
 アルトはそんなことをモゴモゴと訴える。
「そんなこと言っても、これ以上予備はないな」
「ううー。あったとしても、それもルアムの匂いするだろうしね。判ってるよお」
 アルトはそう言って、じたばたと動いた。
 恥ずかしそうに身じろぎし続ける彼に渡すものがあったと思い出し、私は鋳造部屋に入って、さっきまで作っていたものを持ってくる。
「アルト。これを渡しておこう」
 私が握ったものを受け取ろうと、アルトは両手を出した。その両手に、持っていたものをそっと落とす。
「……鍵」
 アルトがぽつり、と呟いた。
「この部屋の合鍵だ」
 私の言葉に、アルトは嬉しそうにして背筋を伸ばす。
「いいのっ?」
「ああ」
「うわーっ。どうしよう……。せっかくならなんかかわいいキーホルダーつけて持っておきたいな」
「明日買いに行こう」
 うん!と元気よく返事をして、アルトは頬を緩ませた。
 そして、私に寄りかかって、くすぐったそうに笑う。
 私は目のやり場に困り、恥ずかしくなって自分の耳をいじった。
「それより、早く服を着ろ。風邪をひくぞ」
「えー」
 この少年は、私にすがるように抱きついて、上目遣いで私を見た。
 そして、唇だけで「シよ」と言って、私を押し倒す。

 あと二日。
 どうやら、嬉しい受難は続きそうだ。